大切な人の死から何を学ぶべきなのか

家族が天国に旅立ってしまいました。

今私は無理やり冷静になるために
文章を書いています。

(今日、このあと仕事で人に会うからです。
「不機嫌な空気」を持ち込むわけにはいきません。)

どうしたって今日の内容は
暗くなってしまいますが

今回の体験を通して

画家の皆さんにも役立つだろう
重要な教訓を得られたので
ここに記しておきたいと思います。

 

■死にたい気分だった頃■

元々感情の起伏が激しく
不器用な割にプライドが高かった私は

事あるごとに簡単に
落ち込む性格をしていました。

特に浪人生時代は毎日のように

この世の終わりのような
落ち込み方をしていて

「死にたい気分」な日も
少なくありませんでした。

今でこそ、そこまで極端な落ち込み方を
することは少なくなりましたが

未だに自分の機嫌を取るのはヘタクソで
不安定であやうい心を私は持っています。

 

■訃報を聞いた後思ったこと

耐え難い事実を知ってしまい

今私は未だに全く実感が持てず
事実を受け入れることができず
ひたすら現実逃避をしています。

あまりにも受け入れがたい
事が起こると心を守るために

なんとかして目をそらし
なかったことにするように
人の脳はなっているのですね…

 

失った人との思い出が脳内を駆け巡り
涙が止まらなくなる時間が

家族の死を受け入れる時間が

このあとやってくるのだと
思うのですが

 

未だ実感を持てずにいる今の私が
この瞬間、痛切に感じているのが

恥ずかしい

この感情です。

これまで私が
「死にたい気分」になっていたような

挫折や苦しみなど

家族を突然失う苦しみに比べれば
本当にちっぽけなもので

いちいちこんな些細なことで
落ち込んでいたこれまでの自分が

本気で恥ずかしくなったのです。

 

■大切な人の死から何を学ぶべきなのか

些細なことで暗くなり
周りの人に気を遣わせ
不機嫌な空気を場に持ち込んでしまう

そんな自分がこれまでも
あまり好きではありませんでしたが

「自分はどうせ変われない。
強くなれない。」

と諦めていました。

しかし、今は

「強くならなくては」
と感じることができています。

 

自分の外側で起きてしまった
受け入れがたい事実を
直視できない状態の今の私は

自分の内側で
起きていることを注視し

「大切な人の死から
何を学ぶべきなのか」

と問うてみることにしてみたのですが

差し当たりの結論としては

「家族の死に比べれば
日々体験する挫折など
些細なものである」

といったところなわけです。

いつもに増して内省的な
喪中の喪男の長文にお付き合いいただき
ありがとうございました。

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